持ち時間を倦まず巧まず [短歌]
たいしたことではないのだが、いや大した事かもしれないことに気づかせられる時がある。たいがいは出かけるときには眼鏡は必需品だ。元来、近視なので無かったら危ないことこの上ない。殊に長崎に越してきてからは、階段が多いので踏み外すととんでもないことに出くわす。一段踏みそこなって何度怖い思いをしたことか・・・。だが、家に帰ったらすぐに眼鏡をはずしてしまうのも習慣になってしまっている。外していても然程不自由を感じない。それだから、うっかり眼鏡をはずしていながら外出してしまうことが間々あるようになってきた。これは老いの兆候かもしれないと、ふと、思う。今日は最近ふと思ったことを定型に載せてみた。ただごと歌なのだが・・。
私には祖父の命日ヒバクシャが見えない人にはただの九日
仏壇の下にごきぶり追い詰めて紙を丸めてすき間を塞ぐ
劇的に老いがくるのか ほれそこにいま泥沼が押し寄せてくる
うかうかと眼鏡忘れてきたことに気づき手摺を探る右の手
雑感三首 [短歌]
昨夜 風呂場の排水口を掃除しようと蓋を開けてみると なんか様子が変なのである。黒い、あまりにも黒すぎる。懐中電灯を持ってきて よ~く見ると なんと!塩ビ管の周りの水受けの部分が腐食して抜け落ちているではないか。盛り上がった土やら釘やらが見えるのだ。さても夜中に大家さんを叩き起こすほどでもあるまいと、今朝、連絡したところ、飛んできて確認しながら「どうやって塞ぐか」と写真を撮りながら、金のかかる工事のことなんか端から考えてない。工事業者に聞いたのか、昼過ぎに再びやってきて小石を詰めだすじゃないか! 聞くと 水中ボンドで塞ぐと言う。なるほど・・と思う間もなく15分ほどで完了。今日はシャワーは無しですよ‥と言い残して帰っていった。「滅多にあることじゃないですな‥」と云いながらも、なんとも 呆っ気ない話ではある。
大家さんが帰ってしばらくすると 「狐の嫁入り」かと思えるようなひなた雨が降り始めた。と思いきや急に雨脚が強くなり 瞬く間に視界は真っ白・・・。見ると青空は消えていた。 10分ほどのミニ・ゲリラ豪雨であったのだが、止んだ後に残っていたのはむせ返るような土の臭いと熱気である。それから例によって、点滴に通院。全開放で落とすので40分ほどで終了、帰宅。思い立って家具の配置換えに取り掛かって気が付けば夜になっていた。
雑感を三首ほどひねり出す。
歩くたび躰の塵が剝がれ落ちいつでもそれを拾ってしまう
思い立ち家具の配置を変えてみる母の血筋が濃くわれにある
野良の雄ブロック塀の片陰に段を枕に腹をそよがせ
ラジオから「見上げてごらん 夜の星を~(^^♪ 」が聞こえてきた。そろそろお経を読むには制限時間いっぱいだ。
やっと夏になったのに [川柳]
やっと夏になったというのに、あと10日もすれば暦(旧暦)では立秋となり 残暑お見舞いなどと書かないといけなくなる。それは否応もなく長崎の被爆の記憶を思い起こすことになる。慰霊の日などと云われるが、市民・・いいえ人類にとって2度と忘れてはならない怒りの原点なのです。無謀な戦争に走った自国の為政者への恨みより、核爆弾を投下したアメリカ合衆国への憤りより・・この過去をいまだに容認している「多数派」を優先する選民思想を胚胎しているかもしれないことを告白しなければならない やり場のない哀しみ。なんという悲喜劇。ヒバクシャの血脈をつなぐ一人として繰り返し詠っていくことになるだろう。
新涼の朝 爆心地静まらず
真実を知らない人のツーショット
骸(むくろ)焼く臭いと煙あちこちに
語り部の火球のあとの黒い雨
校庭に骸重ねて焼く記憶
たましいの這い出る隙もない地獄
ヒバクシャの記憶すべてを受け容れる
血の中にヒバクシャの怒り哀しみ
どこまでも続く皮膚熔け肘を曲げ
火を見つめ背のおとうとは死んでいる
外つ国のひと賑わっている長崎忌
NHKの番組が語るような・・あの少年の足で日見のトンネルを抜け矢上に行ったなんて信じられないと91歳の母は言う。時津の方へ行ったのではないか‥と。それほど、被爆後の市街地は焦土化していたし、強制疎開に遭った街区や学校の校庭など・・空地のいたるところで腐敗し始めた屍を焼く異臭が充満していた・・と。
現在時点での推測で調査することの困難さを思い知る。証言はヒバクシャの死とともに記録されない限り消えてゆく運命にある。ヒバクシャの遺骸を焼いた場所が今は緑の中であれば問題にもなるまいが、住居であれば果たしてどうであろう・・。慰霊の塔の一つも建てるだろうか‥? 現実はそれほど甘くはない。おそらく忌避の場所としてクチコミのなかに留められるだろう・・。
蝉の声 あの日も街に満ちていた
青空の中に閃光 きのこ雲
遠ざかる銀の翼を誰も見ず
侵略のツケを払った無辜の民
慰霊の日なぜ天皇は来ないのか
象徴の立場 政治を嫌うのさ
誤用の「通奏低音」のようなもの [短歌]
☆見るからに物はあれども飢え渇きこころをただに持て余すのみ
どこをどう手繰っても自らの限界を破りぬけることは不可能に思える。ことばの鍛錬不足というより、内にこもっていた時間が長すぎたのだろう。酒を飲んで、酩酊のうちに自己満足していたことが・・つまりは外に向かって探求してこなかったツケがこうして今、たどたどしい言葉遣いになってあらわれていると 密かに悔やんでいる。だからといって、すっかり諦めているのではないのだが・・。「余生」という冠詞をいただくわけにはゆかない。熟年というステージは閉鎖回路ではなく、むしろ多岐にして猥雑な開放空間なのだと思っている。
血の系譜無くして与えられしもの処方箋なぞ無きに等しき
素裸に蒸しタオルもて陰茎と寝汗拭いて朝霧を吸ふ
蝉の声思はぬことに流されて友でありしかいまは亡き身の
なまなまし喪服の下に蠢くはうたかたびとのゆきずりの指
わが胸の仮面の裏にはらはらと打ち毀れゆく纏ひけるもの
醒めくれば鏡の中に一個たり60兆の細胞にして
短命のヒト生まれ死ぬるはうたかたの一生(ひとよ)に如(し)くは無きとぞ思ふ
転載 12. [色々まじぇこじぇ]
青葉木菟 胡坐かいたり肘枕
気の抜けた老人でもあるまいに些細なことで踏ん張りの利かない若い人が増えているのだろうか…。もうすぐ梅雨明けですよ。長崎は雨予報を裏切って晴れています。クマゼミの大合唱。凌霄花の季節は完ぺきに終わって、百日紅に移行、茉莉花(ジャスミン)が第2期のつぼみを膨らませています。 たましひの容れもの愛(かな)し いたづらな無常の風に吹かれ始める 愛し・・かな・し・・・・・いとおしい たましひは永遠ですもの。私たちは「容れもの」の眼でものをうたっていけばいい・・うたうしかないのです。「容れもの」はいずれ 業火に焼かれ煩悩に迷うでしょう。人間だから・・。そのときも「人間だもの」と開き直ればいいじゃないですか 「老い」はね・・「おぎゃー!」と生まれ落ちた その時から始まっています。「死」は連続する生の一部に過ぎません。「老い」もまた然りです。
雨繁吹(しぶ)き 白蛾寄りくる たましひの吾が身より出で帰りなんいざ
身を切る憂国 [私見]
投票率がまた低い。抜本的に見直すべきではないか?全国平均投票率を100としてそこに達していない選挙区の定員を削減し100を超えている選挙区に配分するという案はどうだろうか? 改憲ではなく消費税増税に絞った国民投票を早急に実施する方向で提起したい。自民党の安倍主流派を孤立させ、公明党も維新の会も一旦離反させることが国政の刷新につながるように思う次第です。
いつまでも どこまでも [川柳]
「いつまでも」そして「どこまでも」夢を追いかけていきたいものだ。そうでないと死んでしまうしかないのだから・・。人間は宇宙そのものだから、際限がないはずなのだが終わりがあるのは時間軸と云うものの絶対支配下にあるからなのだ。もちろん宇宙にも終わりがあるだろう・・・だがそれはカオス(渾沌)=原初・・への収斂として巡り巡ってゆく回帰。寸刻の粒子の生であってもドラマがあり、死と生を繰り返す魂の営みがある。そういう風に思うようにしている。川柳の世界把握はこういうことに由来するのではないかと考えている。
死に票とわかっていても夢を賭け
戦争を仕掛けて息を継ぐ世界
生贄はいつも庶民となる構図
敵の敵 獅子身中に寄生する
和平とはインターバルのようなもの
内向きの顔 外向けの面汚し
宿願を果たせば民が逃げてゆき
身の程を知って血よりも水が好き
安全の神話にすがるエゴの貌
温暖化黒い揚羽が北めざす
日曜日カミキリムシはひと仕事
投票の朝 [色々まじぇこじぇ]
今回は不在者投票をしないで、割り当てられた投票所に行くことにした。閑散とした投票風景には毎度ながらこの国の未来への不安を感じる。たいそうな雨の中 傘を差してくる人よりも車で来る人が圧倒的に多い。これは過去の晴れていた日でも同じだったが・・。
(川柳)
避難所の未来を分ける浮動票
夏風邪かい目がしょぼついて投票所
大雨に祝杯挙げる保守の陣
すこし脱線して以前の句を一句。
腰痛に乾いた風がなつかしい
近詠の歌 3首
(短歌)
鼻水にティッシュの箱が空っけつ ロールペーパー傍に置いてる
涼やかな腕を伸ばして緋扇のねむが刈られて幾度めの夏
雨の夜白蛾もきたりさらばふる吾も迎ふる闇にただよふ
(俳句)
投票に行くかやめるか螻蛄の道
チャイナ帝国の核開発にさらされたウィグルの悲劇を忘れるまい [川柳]
なぐさめるコトバどこにも見つからぬ
ウィグル死すや チャイナの風に煽られて
抑圧のチャイナ ウィグルに死の恐怖
中華なるコトバに潜む欺瞞性
西に南に漢民族の覇権主義
ウィグルに核実験の放射能
ウィグルのヒバクシャに無い援護法
独善の論理 被爆を顧みず
★どうしても核にこだわるのは被爆二世としての身体感覚かな?と思います。
転載 11. [色々まじぇこじぇ]
原発輸出 死の商人と同じこと
現代連句のさまざまな実情に接していませんので。迂闊なことは申せませんが 座の文芸である以上(たとえ式目があっても運用次第でマンネリは防げると思います)共同創作でしょう。それを文学という規定に填め込むことには無理があるのではないでしょうか? 近世の伝統連句の衰退に鑑みて現代連句人は俳句とは違う世界を志向しているように感じます。現代人ですから近代文学の洗礼を受けているのは間違いないと思いますが(・・句ごとの内在律と云いますか通奏低音として)。ただ一巻の連句作品としてはどうでしょうか? これはこれでいいのではないかと思っております。
(上の雑感とは関係ありませんが、近作の短歌を・・)
ころころと関西弁に綴られし母性あふれる手記読み返す
葉一枚地に投げ出づる身ひとつの意外に太き音に驚く
ハグロトンボ ナガサキアゲハ過(よぎ)るとき亡きまなざしを幽かに覚ゆ
☆温暖化で海面が上昇するという話、意外に差し迫ったような現実に思います。ただの海進でも怖い話ですが、10メートルから60メートルも上昇したら、太平洋の島国は消滅、ほとんどの国の首都は海底に没することになってしまいます。このスパイラルはもう止められないのでは…とつい悲観的になってしまいます。
(川柳)
陸となす辺野古沈める温暖化
海峡が生臭くなるワイドショー
達観をやめてバラード口ずさむ
死出虫の出番を恃む永田町
(今少し愉しむために恋数句)
昼花火恋を始めてみませんか
手さぐりに下着のひもを締める朝
Gパンの饐えた臭いを思いだす
どこまでも追いかけてくる恋しぐれ
胸の底閉じこめている昼花火
白い闇あなたの顔が見えません
不眠症 浮気の虫が騒ぎだす
(短歌)
移されて30有余秋ゆきぬ金木犀の花見る無かり
屋上に根を張れぬまま立ち枯るる骸佇む墓標となりて
世を占めてやがて消ゆるやジギタリス赤黒の旗巻きつけて逝け
朽ち易きのうぜんかづら地に融けて塩となりゆく生に抗ふ
そは甘露 問へども誰も応へざり 明かとき色に塵ばむわれら
ラベンダー期待の海に枯れゆくや霧億百の白き短(みじか)矢
今さらに前衛短歌の怨霊か干潟の記憶開かれてゆく
傘のうち雨にこぼれてばらの花踏まないやうにひとつてのひら
(俳句)
追憶の避(さ)らぬ別れや雨蛙
梅雨寒や襖を閉(た)てる朝の膳
(短歌)
晴れまた霧 杣の連なり竹は老ゆ飯な忘れそ母の声あり
☆目で読むだけの意味・理屈は響かない。耳に聞くとき、じかに心に響く「うた」に出会う。
・われひとり内にもひとり澄むまにま何をせむやと物ぞ思わす
・人の身は塵と水とで捏(こ)ねられる泥人形に魂鎮め
・くたくたにゆらぐ心に思わせる爆ぜるマグマに身を熔かしつつ
・なにせむや何かをせむとひとり身の迷いまろびつ月に這いずる
・開け放つ部屋の中にも山の霧ひとり澄みつつ鉛筆握る
☆意味や理屈を先行させているかに見えがちな現状。かつての文字を持たなかった時代の息吹を心の底に置きたい。むつかしくあるいは険しい言葉を使わなくても、たぎる激情を歌に乗せることはできると思います。しかも叙情性を保ちつつ‥ね。翻訳文化がはびこって幾千年もの流れを断ち切ってしまって現代に至る選歌の罪悪はAIにもできることをただ証明するだけの価値でしかない。「個」という選択ではなく「ひとり」という選択を、目で読むのではなく耳に聞くという選択を歌人は読み手としてとらえ返さないと、われらは物象の中に自らを閉じ込めてしまうことになる…そう強く思う次第です。 規定される概念をはみ出す民衆の意志と感情を紡ぎ出すこと。意識化されないナンセンスのうちに潜む余情を嗅ぎ取る感性を伝えていかないと、日本の短章文芸は死んでしまうでしょう。それは数多くの作品を、底流するマグマに共感しつつ提出するあまたの魂によってしか、成し遂げられないと信じています。人生も世間も無常の風のうちにありますが、変わらないものを見失わずに生き延びたい。令和を超えて…。
夏もなく冬の痛さも届かざり骸なればや悩みとて無き
昼間でも足を濡らしてしまう老い 点眼薬を間違えている